平均女子だけど、就活せずに生きていきたかった。

いたって普通な女子大生(22)の、現在進行形な物語。

わたしのなかの「大人」③

私が「大人」と聞いて思い浮かべるのは、いつも特定の人だ。

 

三人目は、小学生のころネトゲで知り合った、当時25歳の友人。

私は彼のことを「空さん」と呼んでいた。

彼は、私が抱いていた「大人」の幻想を打ち破ってくれた、大切な人だ。

 

思春期時代、ずーっと関わっており、私は兄のように慕っていた。

現在の私の性格は、かなり彼に影響されたとおもう。

 

 

 

私が9歳のころ、自宅にデスクトップパソコンがやって来た。

来た瞬間から、ネット社会にどっぷりとハマった。

 

なんでハマったかというと、

・顔が直接見えないから、取り繕いやすい

・顔が直接見えないから、大人と対等に話せる

この2点が主な要因だ。

 

というのも、私は早生まれが作用したせいか、はたまた家庭環境の劣悪さのせいか、

同年代の知人と時間を共有するのが苦手だった。

 

物心がつきはじめた、小学1年生のころ。

知らない人がたくさんいるクラスで、これからの1年を快適に過ごすために、

たくさん笑うフリをしたのを覚えている。

 

今でも強烈に覚えているのは、相手がふざけていて、

「あ、笑ってほしいんだな」と察し、「笑ったフリをしよう」と思ったが、

「爆笑」の表情は取り繕えないものだと気付き、

じぶんの顔を腕で覆って、「アッハッハ」と声だけで爆笑したことだ。

相手は喜んでいたが、私自身とっても苦しかったのを覚えている。

 

たぶん当時の私は、関わる人全員に気に入られたかった。

私の居場所が欲しかった。

だから、どんな人がみんなにまんべんなく好かれているのか観察していた。

 

みんなに好かれるのはよく笑う人だと気付いてからは、

何を聞いても笑うようにしていた。

全く面白くなくても、何度同じ話を聞いても、笑うようにしていた。

 

その習慣は、小学6年生まで続いた。

 

「みんなにまんべんなく好かれたい」

「でも笑うフリはとっても疲れる」

学校での生活はそんな矛盾を抱えていた。

 

その習慣が作用して、実際クラスではいい感じのポジションにいたが、

苦しくて苦しくてたまらなかった。

 

また、学校だけじゃなく、

姉の反抗期と母のヒステリックが相まって、家庭環境も最悪だった。

 

子どもの頃、両親の喧嘩が大嫌いだった。

 

朝も夜も、父と母は顔を合わせればいつも怒鳴りあっていた。

 

「なんで喧嘩ばっかりするんだ、やめてくれ」

そう思っていたが、それと同じくらい、

大人じゃないうえに完璧じゃない自分が悪いんだと思い込んでいた。

 

大人は完璧な存在で、大人が言うことは必ず正しい。

そんな大人が理由もなしに喧嘩するはずない。

じゃあ喧嘩の理由はなんだ?

私だ。

私の存在が、母の余裕を奪い、父の自由な時間を奪っているのだと思っていた。

 

 

学校は息苦しい。家に帰れば怒鳴りあいが常。

そんなとき、デスクトップパソコンが来たのだ。

学校からも家庭からも逃れられる、最高の現実逃避が。

 

 

そりゃあどっぷりハマるよね。

 

 

最初にハマったのは、yahoo!ブログだ。

特に執着したのは、yahoo!ブログシステムの「人気度」ってやつ。

 

人気度っていうのは、文字通り、

”どれだけこのブログが人気か”を★五つで評価したもので、

ブログを開いて1秒でそのブログがどれだけ人気か分かってしまう。

 

【人気度】

★☆

★★

★★☆

★★★

 

上が一番人気ない状態、下が一番人気ある状態だ。

★五つで評価されるって言ったけど、★五つ並んでいるのは見たことがない。

★三つはかろうじて見たことがあるレベル。

 

どうやって人気か評価されるかっていうと、

・コメント数

・傑作数(今で言う、「いいね!」の数)

主にこの2つ。(私調べ)

 

当時の私はどうしても人気度が欲しくて、

どうしたらコメントや傑作をもらえるか、

どんな記事が流行るのか、どんな文が人気なのか、

どうしたらお気に入り登録してもらえるかばっかり考えてた。

 

当時は(いまもかな?)、アイコン作成依頼が流行っていた。

アイコンっていうのは、ブロガー必須の看板みたいなもので、

そのバナーがオシャレだと、わりとみんなお気に入り登録してくれたりする。

しかも、アイコンを作成依頼を完了すると必ず「傑作」がもらえる!

 

それに気付いてからは、アイコン作成依頼に時間を費やした。

 

ペイントだとオシャレにならないから

ピクトベア(当時流行ってた画像加工ソフト)をDLして、

人気度★★ぐらいのブロガーのサイトをチェックして真似しまくって。

(当時参考にしていたサイトを見つけたので貼っておきます)

 

「一通りできるぞー!」ってなったら、手あたり次第宣伝して。

(「アイコンこんなの作ってるんでぜひ依頼してくださいー!」)

 

そのあと個人でアイコン作成依頼をもらったら、

その人自身はどんなアイコンが好きそうかコメントでめっちゃ聞いて作った。

依頼人の好みは原色?パステルカラー?デザインはごちゃごちゃ系が好き?それともシンプル系?)

 

そんな感じで、yahoo!ブログにハマり、人気度も★☆までいったりしたけど、

そこでもつらくなっちゃった。

 

というのも、「人気になりたい」っていう気持ちと、

「人気になるためのやりとりめんどい」っていう気持ちが戦っていたから。

コメントをもらったら、コメントを返さなきゃいけないし、

傑作をもらったら、傑作を返さなくては次に続かない。

 

ブログで得た人間関係は、傑作をもらうための損得勘定で築いたもので、

心を許せる人には出会えなかった。

どんどん楽しくなくなっていった。

でもほかに熱中できるものもない。

 

そんな中、見つけちゃったのよ。ネットゲームを。

 

そんなこんなで小学5年生(11歳)にyahoo!ブログを卒業し、

同年ネットゲームへ入学。

その後、中学3年生(15歳)までネトゲにどっぷりハマっていた。

 

ちなみに、ネトゲで小学生を名乗れば「嘘だろ?」となるので、ずっと年齢詐称してました。

 

小学5年の時点で高校1年生のフリしてたから、なかなかだよね。

まあ、ギルドの皆にはバレてたと思うけどね!!なんて恥ずかしいんだ!!

 

そんな中ネトゲで出会ったのが、「空さん」。

私が小学5年生(11歳)の時、25歳…って言ってたかな?

だから、まあ、年齢差14歳の友人ってなわけです。

 

突発的にパーティを組んだ中で、

「ギルドに入らないか」とお声掛けを頂き、ギルドに参戦した。

 

はじめての対等な大人。

話す内容すべて刺激的で、お互い顔が分からないネット社会だから

上下関係とかもなく、たくさん甘やかしてもらった。

 

ネット社会って、優しい世界なのよ。

ていうのは、「www」で笑ってるように見えるのよ。

実際画面の向こうで笑ってなくても。

 

しかも、コメントだと考えてながら文章を構成するけど、

チャットだとリアルタイムだから考える暇無く会話が成立する。

相手の顔色が見えないから、思ったことぽんぽんいえる。

私にとって、それがとっても楽だった。

 

ネット社会がすっごく楽しくて、自分の居場所があるってことがうれしくて、

家にいる時間は、食を忘れてずーーーっとネトゲ

休日は、朝から夜明けまでネトゲ。24時間ネトゲ生活。

 

そんなネトゲ生活のうち、半分以上は空さんと過ごしてました。

 

空さんの彼女は巨乳って話から、遺産相続の話まで、

ありとあらゆる話題を繰り広げてた。

空さんオススメの漫画は全部買って読んでたし、

家庭の相談とかも全部空さんにしてた。

 

対等に向き合ってくれる大人とたくさん話していくうちに、

大人は完璧なフリをしているだけで、

悩みもあるしダメなところもある、ふつうの人間だ

ってことが分かっていった。

大人に対する偏見がなくなっていった。

 

そして、私に心をさらけだしてくれて、私も心をさらけだせる。

そういう相手が1人いるだけでめちゃくちゃ精神的に楽になるんだと体験した。

 

 

自分の意見を臆せず言えるようになったのも、

喧嘩ばかりの親を見て育った私が「大人」に対して

敵対意識を持たず生きていけるようになったのも、

空さんっていう存在のおかげ。

 

 

今はもう連絡を取っていないし、メールアドレスも忘れてしまったから

連絡の取りようがないんだけど、「今の私」を作ってくれた、大切な人。

 

 

わたしのなかでイメージする「大人」のうち、三人目は、

私の苦しさを受け止めてくれて、大人の等身大を教えてくれた人。

今の私とそんなに年齢が変わらない、空さん。

 

今は何歳なんだろう。

結婚して、子どもを授かったりしているのかな。

元気だといい。幸せだといいな。

 

 

 

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わたしのなかの「大人」②

私が「大人」と聞いて思い浮かべるのは、いつも特定の人だ。

 

二人目は、同じく中学生の頃の担任の先生。

 

私が中学2年生のころ、30代前半だった男性だ。

彼の名字は、一人目の女性と違って、覚えている。

ヤマネ先生。

 

私は、中学2年生のころ、いじめにあっていた。

 

いや、”いじめ”というと大げさかもしれない。

しかし少なくとも私が発表するとき

いじめの主犯格と仲のいい人からは嘲笑が起こったし、無視されることもあった。

私の容姿で特徴的な部分を、私のあだ名にして陰口を言っていることもあった。

そうされることに、私は傷付いていた。

そういうことがあったのは本当だ。

 

そういったことがあったから、嘲笑が起こらないよう自意識過剰になったり、

周囲の人をよく疑うようになった。

 

しかし負けん気が強かった私は、嘲笑されても

「ええ~、いじめ?ワロタ~」ぐらいの態度でいるようにしていた。

「修学旅行のグループアイツと一緒かよ、ありえねえ~」と言われても、無表情を貫いていた。

 

 

「私を傷付けることができた」

そう思われないようにするために。

 

 

いじめの主犯格やその周辺がどうしようが、わりとどうでもよかった。

集団にならないと私に対抗できない人の意見は耳に入れないようにしているからだ。

 

しかし、「あの人いじめられているのね、可哀そうに」という視線には耐えられなかった。

その視線が一等強かったのが、30代前半の男性、つまり担任の先生だった。

 

帰りの会が終わって、担任に声をかけられた。

「ちょっと今いいか?」

そういわれて、放課後に呼び出された。

今まで1回もなかった呼びかけだった。

 

「最近、元気ないが大丈夫か?」

先生らしくない、とてもあいまいな質問だった。

 

私は普段から目的語の抜けた質問をよくされるたちで、

とてもあいまいな質問であったのに、

"男子が集まって私をいじめていること"が大丈夫かどうかを聞いているのだと気付いてしまった。

 

その時の目が、許せなかった。

 

”私のことを心配している”と見せかけているが、

本当に心配しているのは自分の評判なのではないか。

そう思わざるを得ないような眼をしていた。

 

生徒の心配より、自分の将来の心配というわけだ。

そういうのを察する力が鋭いのは子どものほうだということを、彼は忘れてしまったんだろう。

 

「何を言いたいのか分かりませんが、大丈夫です。」

「部活があるんで、もういいですか?」

私はキレた表情で、突き放すように告げたと思う。

 

「何かあったら、言うんだぞ。」

そういって、普段強気な彼は、弱気そうに帰っていった。

 

その日、憐れみの対象にされたのが悔しくてめちゃくちゃに泣いたのを覚えている。

 

どんなことをされても無表情を貫いて、

「傷付いていませんよ」という仮面をかぶって。

他人からしたらとってもくだらないけど、私にとって大事な意地を。

中学2年生の私が持ち出した精一杯の意地を、すべて覆されたのだ。

 

 

わたしはめちゃくちゃに泣きながら、こう思ったのを覚えている。

 

「安心しろよ。

わたしは『男子に虐められています』と公表するつもりも、

アンタに助けてくださいと縋る気も無い。

アンタに何の害も無いだろう?

だから、まるで何もなかったかのように接してくれ。」

 

それ以来、彼と2人で話すことはなかった。

 

哀れな存在として扱われるのは、耐えられないものだった。

私にとって、一番の屈辱だった。

 

それ以来、私はどんな相手を目前にしても、

憐れむようなことはしないと決めている。

 

私が誰かのことを「かわいそう」という時は、

その人のことをめいいっぱい傷付けたい時だ。

 

 

わたしのなかでイメージする「大人」のうち、二人目。

30代前半の、自分のことで精一杯な彼のすがたが浮かんでくる。

 

 

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わたしのなかの「大人」①

私が「大人」と聞いて思い浮かべるのは、いつも特定の人だ。

 

一人は、中学生のころの国語の教師。

その人は、私が中学生当時、60代後半の女性だった。

 

生徒からは、少しバカにされていた。

というのも、吃音症っぽかったからだ。

発音1つ1つが大げさで、ゆっくり話す。

私はそれが逆に好印象だったが、他生徒はそうでもなかったみたいで、

早口に話せない彼女をバカにしているようだった。

 

今となっては苗字すら覚えていないその女性の何が印象的だったかというと、

子どもに向ける姿勢だ。

 

私は、その先生が担任の先生だったわけではないが、

なぜか好きだった。

気になっていたといってもいい。

友人が少なく、暇さえあれば図書室に向かう私は、

その先生によく「おすすめの本を教えてください」と話しかけていた。

 

その先生は、私の視野をずいぶんと広げてくれた。

 

最初におすすめしてくれた本は、「蝉しぐれ」だ。

 

新装版 蝉しぐれ (上) (文春文庫)

新装版 蝉しぐれ (上) (文春文庫)

 

 

中学2年の子どもに向けておすすめする本ではなかったと思う。

でも、彼女は、「中学2年生の子ども」ではなく、「わたし」を見て

この本を紹介してくれたのだと思った。

 

そのほかの先生は、わりと「中学2年生の子ども」を相手していた。

「わたし」ではなく。

私は少なくともそう感じていた。

 

彼女は、対等である1人の人間を相手にしていた。

侮るでもなく、期待するでもなく、等身大の人として見る。

その姿勢を、私は何より好んでいた。

 

2つめにすすめてくれた本は、

日本人が南極に行ってイヌイットとともに暮らすという本だった。

ともに暮らす中で、彼らの文化は決して”野蛮”なのではなく、

そういう環境で必要になったから生まれた文化であるということを伝えてくれる本だった。

”冒険記”ではなく、等身大の異国を知れた気分だった。

 

ちょっとタイトルがわからないんだけど、たぶんここらへんの本だと思う。

正直全然ピンと来ていないが。

 

極北に駆ける (文春文庫)

極北に駆ける (文春文庫)

 
北極―イヌイット (角川文庫)

北極―イヌイット (角川文庫)

 

 

イヌイットに関する本を読んで以来、外国に興味が湧くようになった。

それまでは、当たり前のように日本で暮らし、

日本で生きていくんだと思っていた。

 

けど、高校を選ぶうえで外国に少しでもかかわれる学科に進もうと考えたのは、

彼女がすすめてくれた、イヌイットに関する本のおかげだろう。

 

 

わたしの中で「大人」をイメージするとき。

子どもであっても、その人自身を見て、等身大に付き合ってくれる彼女があがってくる。

 

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「なんにでもなれるよ」

おはようございます。

「東京生まれは才能」って言葉をtwitterで見て

すごく印象に残ってるけど、その理論を理解できてないジャスミンです。

 

 

突然ですが、

私のバイト先で、フリーランスの人がいます。

20代後半の女性。

 

その人と意気投合して、会って2日目でカフェに行きました。

バイト上がる時間が一緒で、盛り上がっちゃって。

 

「社会人だから」って言って、素敵なスイーツまで奢ってもらっちゃった。

その日、彼女の人生の1から100とは言わないけど、10から90までは聞けたと思う。

 

私は、私と同じような思考回路をしている人を、ある点において信頼してる。

それは、「私がその人と同じ環境にいたら、同じ決定をしただろう」ってこと。

 

その人は、まじめな人で、

学校で常に上位の成績を収めるぐらいには負けず嫌いで、

人の心をつかむ言葉を選ぶのがうまい人。

 

「自分が楽しければいい」って思ってる人で、

私とちょっと似ている。

 

その人が、社会人としてやっていけなかったからフリーランスを選んだって言ってた。

 

「その業界に慣れ親しむのが怖かった」

「同じ業界の先輩みたいになりたくなかった」

だから、フリーランスを選んだんだ、って。

OLをやっていけたなら、OLを選びたかった、と言っていた。

OLは安定している、フリーランスはすべて自分で調整しなきゃならない。

OLはいい。OLに適応できる人になりたかった。

そんなような表現をしていた。

それを聞いて、私も、そうなるかもしれないなって思った。

 

いや、コミュニティに馴染むことに恐れを感じる私なら、そうなるだろう。

 

コミュニティで浮きたくないっていう意見をよく耳にするが、

私は常にその逆だった。

 

コミュニティに馴染みすぎて、

コミュニティ内のハウスルールを”常識”と捉える人にはなりたくないと思っていた。

 

彼女が言うには、学生ってブランドは使い勝手がとっても良くて、

経営者とかはそのブランドが大好きで、

それを振りかざせばメリットデメリット度外視のワガママも聞いてくれる可能性が高いらしい。

(この言い方は、私の解釈を通して伝わってます。)

(実際には、「経営者は学生に何かを与えたいっていう気持ちが強いから、強い気持ちを伝えたらわりと応援してくれるよ」って言ってました。)

 

そして、印象的だった言葉は、

「いまからだったらなんにでもなれるよ」

「やらなきゃとかじゃなくて、やりたいことってなあに?」

「10年後を想像するのが難しいなら、3年後でいいから想像してみて。」

「3年後、あなたはどうなってたい?」

って言われたこと。

 

私は、大人にそういった言葉を言われたことがないなあと気づいた。

私の周りの大人は、

「今、あなたは自由でしょう?

でも、その自由には制限があって、社会人になるまでのものだから、大事にしなさい」

としか言わなかった。

 

大人で、「これからも自由であっていいんだよ」って言ってくれる人は、

その人が初めてだった。

 

その言葉を通じて気付いたのは、

「こうなりたい」

っていう具体的な姿が浮かばないことだった。

 

私も、夢を持たない人になってしまったんだな、とショックだった。

私は、わりと理想主義で、夢見がちなほうだと思っていたから。

そうじゃないってことを自覚させられてしまった。

 

そんなやり取りがあったのが、今から1か月前ぐらい。

そのやり取りのあとも、ふと、考える。

 

「わたしはなんにでもなれる。」

「そうなったら、なにをしたい?」

 

未だ答えは出ていません。

 

あなたは、なんになりたいですか?

なんでもいい。

そういわれたとき、なんになりたいのか。

キーワードだけでも手にしておけば、

めぐってきたチャンスをものにできるかもしれない。

 

 

それでは、いい夢を。

”リアルな声”は、ネットの文章上に存在しない。

クラウドワークスに登録したんです、先日。

私はPCが好きで、タイピングも好きなので、

それが活かせるお仕事ないかなあって思って。

 

「学生」「カンタン在宅ワーク

これで登録しました。

 

受注できるオススメのお仕事のほとんどはライター業務でした。

 

 

普段ググって上位に出てくるまとめ記事は広告であること。

または、PV数を稼ぐためにそぎ落とした情報がほとんどであること。

 

お仕事の依頼内容を見て、それを感じました。

いや、まあ、偏見極まりない意見なんですが。

 

でも、広告でやっていこうって思っている人は、

自らの個人的主観に基づいた意見を書くとは思えないんですよね。

 

個人的主観に基づいた意見は、

”そぎ落とした情報”とはかけ離れてしまうし、万人受けしない。

また、その意見が過激であったら、法人からお仕事貰えなくなる可能性が高い。

それに、グーグル検索に好まれるような記事を書くには、1文20字以内で文章を書くことになる。

また、文字数も多すぎず、少なすぎずが好ましい。

たくさんの制限がある状態で自分のキモチを伝えるのはそんな簡単じゃない、気がする。

 

ってなったら…その人の”リアルな声”をブログを通じて聴くのは難しいよねえ…

って、安易に考えています。

 

もちろんそういう人ばかりじゃなくて、

ほんとのほんとに趣味でやっている人もいるんだろう。

 

でも趣味でやっている人が、

グーグルで検索して上位に出てくる記事をかけているのかな?

つまり、私が普段ググってすぐ読めるような記事をかけているのかな?

と思います。

 

 

つまり何が言いたいかって?

 

ひとつは、ネットで見た意見に全信頼を置くのはできるだけ控えようってこと。

 

ライターやブロガーの人が

「どんな偏見を持っている人か」

「どんな気持ちで」言っているか分かる自信がない。

 

事実がどこまでか、

どこからが意見か。

どこまで調べて物事を言っているのか。

それがわからないと信用しちゃいけないよ、って私のカンが言ってる。

 

 

ふたつめは、人と会って話すことに力を入れていこう、ってこと。

 

自分にとってほんとうに有益な情報や意見は、

人と会って話すことで得られそうだよ、ってこと。

 

っていうのは、”会って話す”ってなると、

その人が「どんな偏見を持っている人か」わかるし、

「どんな気持ちで」言っているか分かるから。

 

事実がどこまでで、どこからが意見か、

質問を介して探ることができるから。

 

 

 

この記事を読んでおそらくお気づきだとは思うんですが、

わたくし、ザ・保守的です。

基本的に「ほんとにそれは正しいのか?安心できる方法なのか?」って疑ってます。

 

よく友人には、

「ええ、そこまで考えてるの?考えすぎじゃない?」

って言われます。

 

これはそういう人の意見です、ご了承ください。

 

 

たまにこのブログを、自分用の文章で書くべきなのか、

誰かに向けて書くべきなのか、悩むときがあります。

一応今までは誰かに向けて書いてきたつもりです。

ほとんど自己満足型の記事になってるけど。

 

 

最近spotifyをDLして、その素晴らしさに気づいた者がお送りしました。

Spotifyほんとにおすすめ。最高ですよ。

 

それでは、いい夢を!

 

 

 

JEHANNNEについて

JEHANNNEっていう名前になぜしたかっていうと、

さいころジャンヌダルクが好きだったからです。

 

オンラインゲームの名前は基本ジャスミンだし、

おそらく私は、ジャから始まる名前が好きです。

進撃の巨人だったらジャンが好きだし。

 

 

ということで自己紹介というか、私の熱中しているもの、

嫌いなものなどについて話していきたいなって思ってます。

っていうのは、やっぱり、せっかくブログを続けるなら、

どういう人が何をベースに記事を書いているか知りたい方もいると思うし、

「気が合いそう!!」って思ってくれたらぜひ友達になりたいので。

 

それでは自己紹介に入ります~!

 

熱中しているもの/していたもの

・ゲーム

 ペーパーマリオ、ペルソナシリーズ、ポケモンHGまで、FFシリーズ、サウンドノベルゲーム(「街」とか「渋谷428」とか)

・ネットゲーム

 アラド戦記ドラゴンネスト、ちょこっとランド

・漫画

 たくさんあって書ききれないけど、お気に入りは随時更新中。

 これだけはいつだって家に置きたいって本は、「フルーツバスケット」「鋼の錬金術師

 今は「BANANA FISH」に号泣中

・読書

 幼少期に読んで以来読んでないけど特に印象的だったのは

その日のまえに」「ふしぎの国のレイチェル」

 好きな作家さんは伊坂幸太郎

・散歩

 よく知らないところを歩くのが好きで、1時間ぐらいだったらヒールでもいける

・自然

 特に湖や滝はずっと見ていられる。静かな自然の中で鳥の声を聴くのが幸せ。

 

私は基本的に熱中すると1つのことに1か月くらい集中してどっぷりハマり込み、

それについての知識をできるだけ身に着け、思いを馳せ、

また次の熱中するものにハマります。

 

その中でも心底熱中したものは、1~2年に1回くらいの頻度でその作品に立ち返ります。

その作品たちは、以下の通り。

もののけ姫

タイタニック

 

嫌いなもの

・干渉されることや押しつけられること

・飲み会等の集団行動

・すぐ物事が決まらないこと

・グリンピース

・サラダの中にあるコーン

 

抽象的な表現になっちゃったので、以下詳細。

 

「干渉されること」について。

「早くライン返事してよ」

って言われるとすごい一気に引いてしまいます。

同じ表現でも、

「ライン返してくれなくて寂しかった」

だったら素直に謝れます。

”私”を、自分の都合通りに動かそうとする表現がかわいくない人は嫌いです。

その表現がかわいかったら、かわいいので素直にその通りに行動しようと思いますが。

 

「すぐ物事が決まらないこと」について。

1次会が終わった後の、2次会どうしよっか~~みたいな

ウダウダする時間が嫌いです。せっかちなので。

 

今何が問題で、その問題を解決する方法がどれくらいあって、

その中の方法でもどれが一番有効的かを導き出し、行動する。

この流れが速い人がだいすきです。

 

こう書くと難しいようだけど、例えば一緒に散歩してて、おなかが減ってきて、

「どうしよっか」

「あそこにご飯屋さんあるよ」

「いいね!おいしそう!いこう!」

の速度が速いと好感度上がります、ってことです。

 

 

得意なこと

・人の話を聞くこと(聞き上手だねってよく褒められる)

・自分と気が合う人を見つけること

・人をほめること

・相手が何を好きか観察すること

・ポジティブな表現にすること

 

私は、一人で過ごす時間が大好きで何より大事なので、誰かと会う時間は少なめにしたいっていう気持ちが強いです。

そのうえで、コミュニティに上手く馴染み、いい情報を効率的にゲットするにはどうしたらいいかって考えたら、

「1回のコミュニケーションで最大限に私を気に入ってもらうこと」

 が大事だと思い、いろいろ実験してきました。

その結果、上の”得意なもの”をがんばったらうまくいくようになりました。

友人にはコミュ力の鬼とまで言われたこともあったりします。えっへん。

 

今でも「どうしたらもっと私を気に入ってもらえるかな」って考えながらコミュニケーションをとっていますし、

より効率的なコミュニケーションを求めているせいか、人のこころの動きにも興味津々。

 

 

苦手なこと

・思ってもないことを言うこと

・習慣づけること(ダイエットでも、ジム通いでも、あんまりすぐ習慣づかない)

・早寝(早起きは苦手じゃない)

・話したがりな口をチャックすること

 だいすきな人を目前にすると「きいてきいて」ってなっちゃう

・流行(流行についていくのってほんとたいへん…でもついていきたい…ついていけてる人かっこいい…)

 

 

 

surface買ってまだ1週間もたってなくて、

タイプカバーのタイピングが気持ちよくてタイピングしたくてしかたなかったので

こんなに書いちゃった。

 

たのしかった!閲覧ありがとうございました!

 

内定先の通信教育が気持ち悪くてビックリしている

お久しぶりです!!

なぜか最近皆様にブックマーク(?)をしていただいてるみたいで、嬉しい限りです!

現大学3年生が、「就活がそろそろ始まる!」って感じでいろいろ調べているのかな。

ぜひ、そういった方々が参考になることをかけたらいいなと思っています。

 

面接でウケがよかったエピソードを書かなきゃと思ってはいるけど全く手についていません。

ごめんなさい、忘れたわけではないのでご安心ください…!

次こそ投稿しますので…お許しを…!!

 

 

それはさておき、最近内定先の通信教育をやっていました。

というか、まあ、今日やっとやりだしたんですが。

それで思ったことは、マナーとかオトナなんてクソくらえってことですね。

 

以下すべて私の考えですが、

マナーって時代とともに変化していくものであって、今頭に叩き込んだマナーがずっと有効的に使われる保証なんてないと思うんです。

 

それに、”マナー”って表現が何より気に食わない。

これくらいできて当たり前でしょ、っていうニュアンスに腹が立つ。

 

なので、私はマナーを「オトナはできて当たり前のマナー」ではなく、「オトナに対してウケがいい行動」って置き換えています。

 

私は、全人類にウケが良い人でありたいって思っているので、

そう置き換えると素直に受け入れられるし、抵抗なく行動できる。

 

こんなバカみたいな通信教育にお金をかけるより、

取引先に対してウケがいい行動をどうやったら身にまとい続けられるのか、そのためには何を日々したらいいのか。

そっちを教育したほうがコスパいいんじゃないですか、ってちょっとキレながら通信教育しております。

 

今やってる通信教育の何が気持ち悪いって、

「社会人と学生は全く違うものなんですよ」

っていう表現です。

 

あなたたち今までぼんやり生きてきたかもしれないけど、

これからはそれ以上に責任もって生きていきなさいよ。

周りに礼儀を尽くしなさいよ。

上司や会社の言うことをちゃんとききなさいよ。

これからは”立派な社会の歯車”になるんだからね。

 

っていうのを、節々に感じる。気持ち悪い!!!

 

うるせえ!!

社会人も学生もただの肩書でしかないし、

その肩書が変わったところで今まで生きてきて身に着けた考え方は変わらないし、

自分の人生どうやって生きていくかめちゃくちゃ迷いながらここまで来たけど、

今までもこれからもただの普通な人間で、私は私の思うままに生きていくんだよ!!

 

って、反抗期時代の自分が湧き出てきてしまいます。

そして、ここは誰に何を言われようが私の気持ちの問題なので干渉されたらめっちゃキレてしまうポイントだな、って自覚しました。

 

私にとってカッコイイ大人は、

上の人を敬うのと同じくらい、下の人も敬う人です。

 

「あなたは子供だから社会のことわかってないのね」

「無知な子供が夢物語を言っているわね」

っていう気持ちを持たない人のことを指します。

相手の立場に立って、同じ目線で話を聞く人。

理想論より、相手の心情を大事にする人。

 

私はそういう人になりたい。

私は、私より若い人を尊重して生きていきたい。

そのためには、こんな通信教育で立派なように書かれている”理想の大人像”は不要だなって思ってます。

 

 

まあでも、宿題の手の抜き方を学生の頃に身に着けておいてよかったなって思います。

それが今活かされているので。

 

心から文明の利器に感謝です。

 

 

それでは、次はエピソード抱えてやってきたいと思います。

最近surface買ったので、ブログ投稿も増えていくといいな。

 

それでは!

最近寒いので、皆さんもあったかくして寝てね。