平均女子だけど、就活せずに生きていく。

いたって普通な女子大生(21)の、現在進行形な物語。

消えてしまいたいと思うのは、自分が思い通りに動けない時。

バイト先でくだらないミスが重なった時。

就活の面接で落とされた時。

毎日のルーティーンができなかった時。

 

 

「ウワッ、わたしはなんでこんなにダメ人間なんだろう。」

「宇宙のチリになりたい……。」

 

 

そう思ってしまうあなた、こんにちは。

私も頻繁にそうなります。

この思考になると、終わりが見えなくて辛いですよね…

 

 

わたしという人間は、10個のタスクを問題なく遂行できても、

1つのタスクを失敗すると、自分のことを「ダメ人間」と捉えてしまう人間らしい。

というのを、最近痛感しています。

 

 

私自身と他人を比べてテンションが下がることはあまり無いんですが、

「理想の自分」

すなわち、

「想像上の、なんでもできる自分」

と比べてしまう癖があります。

 

 

イメージ上「問題なくできるだろう」と思ったものを

達成できなかった現実の自分に、失望してしまう。

 

 

そして、

「あぁもうほんとだめ。なんでこんなにできないの。クズ!」

って思っちゃう。

そう思ったが最後、みるみる気分が萎んでいってしまう。

 

 

こういう時は、もう何を思っても

「どうせダメ人間だから……」

の思考になってしまって、何の作業も手がつかなくなってしまう。

 

 

毎日欠かさず書いていた日記や、半年以上続いた筋トレも

スパッと辞めてしまう。

 

なんでこうなるかというのを冷静に考えると、

客観性が足りていないのが原因だと言えます。

 

  • 自分の力以上のことを「できる」と思い込んでいる。
  • 自分がどこかのタイミングで「ダメ人間モード」に入ることを計画に落とし込んでいない。

⇒ 客観視が足りていないため、発生する。

 

 

「想像上の自分」「理想の自分」

を諦めて、

「ダメなところもある、現実の自分」

を知っている人が、目標を達成できるのかもしれません。

 

 

「他の人よりデキる自分」は幻想に過ぎない。

「急に変わる」ことは不可能だ。

 

少しずつ、少しずつ。

1日一歩のペースで、歩んでいくしか無いんだなぁ。

 

せっかちな私には難しいけど、

こうして生きていくしかないんだなぁ。

 

 

 

沈んだ時は美味しいご飯とお肉を食べよう。

気まぐれクックさんとか、ゲーム実況とか見て、

頭すっからかんにしよう。

 

お風呂に入って筋トレしたら、

そのまま寝ちゃおう。

 

朝起きて、カーテン開けて太陽の日差しを浴びたら

「なんかいい日になりそう」って思えるよ。

 

 

今日も1日、よくがんばったね。

ゆっくりおやすみ。

 

野望はない。不満もない。心を大事に生きていきたいだけ。

ここのブログのタイトル、

「平均女子だけど、就活しない。」

 

ごめんなさい。嘘ついてました。

 

 

いや、言い訳させてください。

いわゆる御社の犬的な就活はしてないけど、

得られそうなチャンスはモノにしたい気持ちが強いんです、わたし。

 

1日インターンとか会社説明会とかは行っちゃってます。

 

伸びそうな会社とか、効率的に&効果的に働けてる会社は無いかな、

そんな会社あったら投資したいなって思って。

ごめんなさい。

 

そんな感じにしてたら、

インターンの流れでなぜか面接を受けてたんですよ、私。

コミュ力と明るさは人一倍らしくて、人事の人に気に入られてしまって。

(まあ人手が足りて無いんだろうね)

 

 

そして、今日、最終面接でした。

いわゆる会長面接。

 

 

今までの記事見てもらってたらわかるように、

わたしは生きる上で、わたしの現在の心を大事にすることを第一優先としてます。

 

そのためには素直でいることが必至なんです、わたしにとって。

 

つまり、

嘘つけないんだよね………!

 

 

「就職活動どうですか?」

 

「(就活しなくてもどうにでもなると思ってるから)彷徨ってます。なんかどうにかなるかなって。」

 

「なんていうかあなた、深く考えてないのね。あ、長所としてね?」

「うん、ストレス耐性ありそうね。」

 

「(察し)……あはは、物怖じしないねとはよく言われます。」

 

 

「うんうん。それで、」

「結局あなたは何がしたいの?」

 

今思えば、ここで

「御社で働きたいです。」

っていうのが正解だし、

相手もその言葉を求めていたんだと思う。

 

しかしわたしの脳内には、

 

働きたく無いなあ。

週5 × 8hで働きたく無いなあ。

 

それしか無かったなあ。

 

だから、あの、皆さん安心してください。

わたし、就活してないですよ。(?)

 

 

 

わたしは、人の話を聞くのが好きだし、

相手を楽しませるにはどうしたらいいかなって考えて実行するのも好きだけど、

自分の話をするのが好きじゃないんですよね。

 

理解してくれる人って少ないから。

 

 

ご縁がなかった、ある企業との面談のフィードバックでは、

「あなたの対応に受身な姿勢が見られたため、お祈りします。」

って言われました。

 

 

それで気付いたんですけど、

わたしは、人の話を聞いてからじゃないと私の話をできないんです。

 

詳しくいうと、人の話を聞くことで

「この人はこういうことに興味ありそうだな」

「この人はこういう話がしたいだろうな」

っていう指標を得ないとアプローチできないっていう意味です。

相手主導のコミュニケーションなんですね。

そりゃ受身なわけだわ。

 

 

そして、そのコミュニケーションを通じて判断する。

これからも関わっていきたいか、否か。

私を受け入れてくれる人か、否か。

 

 

私にとって人と話す目的は、これだけなんです。

 

・私を気に入ってもらうこと。

・その人から何かを得ること。それは無形有形問わず。

 

 

 

企業との面接って、新卒採用の段階だと、

ポテンシャル採用ですよね。

それが苦痛なのかも。

 

「私はあれができる、これができる。」

「だからあなたの企業で働けるよ。」

 

の方が、断然やりやすい。

そして働く中で、愛着を沸かせればいいじゃない。

就職を希望している段階から、愛着をもつ必要はない。と、思う。

 

 

 

 

企業だって欲しい人材は言ってるし、

「何ができる人を求めてるか」の指標は出てる。

そう言った点では、アプローチできそうじゃんって思うけど、

「ポテンシャル」ってあまりに定義が曖昧すぎる。

 

それに対して効果的なアプローチをできないのは、

私が素直すぎるのと、なんとかしてその会社で働きたい!っていう野望が無いせいだなって。

おもいました。

 

 

 

まあ言ってもね、3社しか受けてないし、

その中の1社は記念受験なんでなんとも言えないけど、

 

私は割合どこでも楽しさを見出して生きていけるし、

仕事なんて有り余るほどあるし、

人に好かれる自信もあるから、

なんつーか、就活やっぱやらない気がします。

 

就活って、

この心構えで通る気がしないんだもん。

 

って言っても、就活ってチャンスだからみんながみんなそうじゃないと思いますけどね!

 

 

仕事が欲しいならアルバイトから採用っていう手もあるし、

無料の斡旋エンジニアスクールにでも行けばいいんだよ。

って思っている現在。

 

 

私は、負け戦はしたくないんだよなあ。

無駄に傷を抱えるのはリスクに過ぎないと思ってるから。

 

そして、無駄な苦労もしたくない。

楽しいことを先延ばしにもしたくない。

 

 

これだけだ。

年収1億稼ぎたいとかいう野望はないし、

今の生活にだって不満はない。

 

分かってるんです。

野望や不満がないと、なにかを成し遂げられないこと。

 

だから、私自身、野望や不満を持っていないこと対して不安を抱いている。

こんなんで私大丈夫なのかなあ、って。

 

 

野望や不満がある人は、それを誇りに思ってほしい。

そう思えるものがあること自体、向上心があるということだから。

少なくとも私より、一歩先に進めているから。

 

 

野望、不満、不安。

それがあるから人は成長できる。

 

時代に取り残されない人になるためには、

この3つを忘れないことが大事なのかも。

 

 

私は、心を大事にして生きていきたい。

 

そしてそれは、私だけじゃなく、私の人の周りも幸せだと、より嬉しい。

関わる人みんなが幸せなら、それ以上のことはない。

 

それだけだよ。

 

 

就活かあ。どうしよう。

現在、もやもやしています。

 

 

以上、近況でした。

 

 

ライブって、楽しめない。

あまり大きな声では言えないが、ライブに行くと、なんか辛くなるなあ。

と、ひさびさにライブに行ってきて思ったので、これはその帰りの電車の中で書いている。

 

ライブって、楽しめない。

もちろんアーティストの演奏は最高なんだが、なんだかイマイチ楽しめない。

 

それには理由がある。

 

独特の団結力についていけないのだ。

(ex.手を挙げてみんな同じタイミングでリズムに乗ったり……)

⇒その結果、疎外感を感じる。

 

もうこれでしかない。ほんとこれ。

なんかすごい、ハブられている気分になってくる。

めちゃくちゃ寂しい。

 

私はすでにできているクラスのグループとかに自分から入っていけない人だったし、

今でもあんまり入っていきたくはないと思っている。

自分を装ってしまってつかれるから。

 

そんなわたしでも、クラスだったら「〇〇ちゃん!こっちおいでよー!」と言ってくれる人が1人はいるが、

ライブにはそんな人はいない。皆無である。

 

なんならマウント取られている気さえしてくる。

「アンタなんかが入ってこれると思ってんの?」

なんて声まで聞こえてくる。

 

なんだかわからないが、謎のプライドを感じるのだ。

 

もちろんこれは、私の被害妄想であり、

そんなことを考えてライブに来ている人はいないと思う。

 

しかしなんだかほんとうに、ライブって楽しめない。

むしろ辛い。

 

曲をひとりで聞いて浸っている方が、5倍くらい楽しい。

狭い部屋の中、ひとりで自分の世界に浸りたい。

わたしはそんな悲しい人間らしい。

 

これからは心底大好きなアーティスト以外のライブは行くのをやめよう、

付き合いでライブなんて行くもんじゃない。

高いし。

 

と、身を以て感じた1日だった。

 

 

閲覧ありがとうございました。

わかるわかる、って人がいたら嬉しい。

わかってもらえないのはさみしいし。

 

 

「これからどうするの?」←大学3年生が必ずされる質問。

「これからどうするの?就職するの?就活してる?」

 

このフレーズは、会う人会う人言ってきます。

大学3年生の人は「わかるわかる。」って感じだと思う。

 

特に、私がニートしてたっていうとめっちゃ言われる。

心配してくれているのか、干渉したいのか。

真意はわかりませんが、この質問はくるしくなります。

 

しかしこれについて、私は今確信してることがあります。

わたしはおそらく就活をしないんだろうということ。

私がもし就職したとして、

週5×8時間で働くという契約を結んだとして、

それは長続きしないのが目に見えてる。

もし続いたとしても、

 

「本当にこれでいいの?これはあなたがしたいことと合ってるの?」

 

この考えに支配されてしまう自分がいることもわかってる。

だから、就活はしないんだと思います。

たぶん。

 

確定事項として言えるほど自分のことを信じられないから、断言はできないけど。

わたしがわたしとして生きてきた中で、気付いたことがあります。

 

それは、「なんとなく」決めたことに対して心配性になりすぎること。

わたしは、確証をもって、自分で決断したい人だということ。

そして、自分の人生は自分でしか選べないこと。

自分が好きなように生きていくためには、好きなことをしないと叶わないこと。

 

当たり前なんですが、忘れがちな事実。

嫌なことを続けていっても、

それは短期的なもので収めておかないと、 好きなことより嫌いなことに費やす時間がおおくなってしまう。

 

わたしには、物心ついたときからずーっとなりたい像があります。

それは、どこでも生きていける人になる、というもの。

 

ここでいう「どこでも」とは、世界中で、という意味と同義。

「生きていける」のレベルは、衣食住に困らないというもの。

 

世界中で生きていけるようになるためには、最低限の英語は必要ですよね。

あとは最低限の歴史の知識とか、宗教のこと、文化とか。

だから歴史と英語は勉強します。

「生きていける」ようになるためには、コミュ力となんらかのお金を稼ぐ力は必須。

なんとかして大学生のうちに、お金を稼ぐ方法を確立させたい。

そう思って、色々挑戦しています。

 

どこでも生きていける人になったら、好きなように生きていける。

そのときやりたいことを即座にできる。

私のなりたい像は、会社勤めでは叶わない。

結論、就活は不要。

「みんなとちがう」という焦りに任せて、貴重な時間を無駄にするのはやめよう。

 

今は、大学卒業したらワーホリにでも行こうかと考えています。

ワーホリなら、お金がなくても生きていけるかなと思って。

日本もめぐりたいけど、

ワーホリしつついろんな国をめぐって、

「あ、ここで生きていきたい」っていうところを見つけたい。

今のわたしにとっては、これが一番大事。

 

 

ーーーーー

 

 

もののけ姫好きで、1年に1回は必ず見る」っていう会話から発展して、

今度、友人と屋久島にいくことになった。

そのときに見つけた民宿が、わたしの目指していたものでびっくりした。

 

公式サイト:風の散歩道 屋久島 鹿児島 熊毛郡 原 登山 民宿 宿 宿泊 格安 アウトドア 温泉 モッチョム 魚 釣 北河 式章

 

楽天トラベルでの口コミが、すごく、ドンピシャ。

訪れる人を、価格以上に幸せにしている。

そういうのが1つ1つの口コミから伝わってきて、感動した。

 

わたしも、自分がここで生きていきていきたいと思う場所で、

そこに訪れた人に対して幸せを届ける、そんなサービスがしたい。

 

そう思いました。

ほんとうにずっと行きたかったから、屋久島めちゃくちゃ楽しみ!!

その前にもののけ姫見よう、なんなら今日見よう。

 

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まったくもって話は変わりますが、

最近、やっと引きこもりを脱却を試みました。

その結果、こういったことが発生。

 

 

・体力不足で1日寝込む

・寝込んだ日、外に出れなかったことに対して罪悪感が芽生える

・自己嫌悪モードに入りかける

 

 

自己嫌悪は、習慣を身につけるときにすんごい大きい障害になるんですよね。

だから、自己嫌悪モードに入りかけたら

「アッやばい」「もっとハードル低くしよう」「じゃないと続かないぞ」

と思い直すことにしています。

あのね、ふつうに考えてほしいんだけど、

今まで週2とかでしか外に出ていなかった人が

気合いだけで週7で外に出れるわけないんですよ!

もっと自分に甘く生きていこうね!!

 

そこで、ハードルを低く設定しなおすために

なぜ外に出ないといけないか?について考えてみました。

 

・運動不足解消

・体力をつける

・したいことがたくさんあるのに、家に1日中いるとなにもできない

・そんで自分を責めてしまう(なんでなんもできないんだよ...)

 

以上の理由によって、外に出たいと思っています。

しっかしびっくりすることに、運動不足解消は家にいてもできるんですよね!!

エア縄跳びっていう、優秀な道具があるんです...。

1000円で買えるし家の中で使えるし全身運動で痩せられるし、最高。

 

 

ていうか、それを買わなくても普通に映画見ながら飛び跳ねてたらいいんじゃないか?

と思い、実践中。

いかに家から出ないでよくなるか、を考えるのは引きこもりには大事な思考ですね。

 

ということで、目的のうち2つは解消したと言っても過言ではない。

 

・運動不足解消

・体力をつけたい

 

問題は、下2つの目的。

 

・したいことがたくさんあるのに、家に1日中いるとなにもできない

・そんで自分を責めてしまう(なんでなんもできないんだよ...)

 

つまり、問題はだらだらスイッチから抜け出せないってこと。

「よし!やるぞモード」に入るスイッチを家につければ解消するはず。

 

・朝起きてすぐに顔を洗って、そのまま化粧をしちゃう(➡外に出ないともったいない!)

・起きてすぐ、外着に着替える(➡外に出ないともったいない!)

 

週7で外に出るためには、やっぱり段階を踏む必要がある。

週2⇒週3、週3⇒週4…っていう流れがね。大事よ。

焦りは禁物。

今週は週5で出れたから、それだけでもよくやってるよ自分。

なんならバイト始まって体力的につらかったはずなのに。

うんうん、よくやってる。偉いぞ、自分~!

 

 

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国家試験に受かった友人と、諦めた私。2人のその差は、たった2つの違いだけ。

 

1年前まで同じ国家試験を目指し、勉強を教えあい、

授業も一緒に受け、一緒に夢を見ていた友人が、

1次試験に受かった、ということをさっき聞いた。

 

私は国家試験の勉強に絶望し、とっくに諦めていたが、

友人は本当にいい人だし、ぜひ、合格してくれ!!

そう、心から応援していた。

 

応援していたが、いざ「試験に受かった」ということを聞くのは、

すこし、辛かった。

ビックリして、すごいと思って、辛いと思った。

そのあとに、ああ、喜ばなくては、と思った。

 

諦めたくせに、なぜつらいと感じるのか?と言われたら、

がんばった人とがんばってない人の差を感じさせられるから辛いのだ。

わたしは、そう答えるだろう。

 

私は、何度も言うが、家に長い間引きこもっていた。

引きこもりを脱却し、大学に単位を取りにいくために外にでるとき、

強く感じたことがある。

 

「何もしてなかった人と、何かをしていた人との差は、とてつもない」

これを、思い知らされた。

そして今日、再び、思い知らされている。

 

私とその受かった友人は、大学で知り合った。

なんなら、同じ国家試験を目指す研究室で、知り合った。

最初から、国家試験を目標にする同志だった。

だから、話題として挙がるのも当然、国家試験の話だ。

 

「これ受かったらどうする~?とりあえずホームパーティはしようよ!?」

「絶対高層マンションに住むでしょ?そしたら夜景ばっちしじゃん」

「ワインとかチーズとか持っていくよ」

そんな話を、いつもしていた。たのしかった。

 

「出張とかして、イケメン上司とワンチャンあったりするのかな!?」

「受かったらお金ウハウハだよ、旅行しまくるしかないね??」

「働きだしたらイケメンとたくさん出会えるっしょ~!!」

「合コンしまくるぞ!!」

こんな話ばっかり。こうやって一緒にばかみたいな夢をみていた。

たのしかったなぁ、本当に。

 

わたしにとっては夢物語だった。

でも、その友人は、これを現実にするんだろう。

こうやって、差はひらいていく。

 

その差は、「やったか」「やっていないか」だけだ。

才能とか、頭の良さとか、向いてるとか向いてないとか、そんなんじゃない。

いや、頭がいいから、やったほうがいいっていうのは分かったのかもしれないけど。

実際に「やった」人は、「やってない」人より、常に3歩先を行っている。

 

講師はよく言っていた。

「今点数良い人が受かるんじゃない。やり続けた人が受かるんだ。」

ほんとうに、その通りなんだと思う。

 

私は正直、その友人より基本的に点数や順位はよかった。

友人は、それに悩んでいたと人づてに聞いた。

私よりやっているのに、私より上に行けない、と。

でもごらんのとおり、そんなのは合否にカケラも関係がないんだ。

 

友人は、「私は効率的にはできないから、とにかくやるしかない」と言っていた。

その友人は、事実やり遂げたんだろう。

わたしが、足を止めている間に。

 

「やったか」「やってないか」

これだけ。簡単な話。

涙が出そう。簡単だなぁ、ほんとう。

 

しかし、そうやって簡単な話だと思い込んで、

「サクセスストーリー」と「挫折人生」に落とし込んで納得するには

まだ早い。

 

なぜ友人は合格できたのか?

なぜわたしは、諦めてしまったのか?

 

これをハッキリさせないと、

わたしはまた同じような失敗を繰り返してしまうだろう。

それは、もう、したくない。

同じ過ちはしない。

それを信条に生きているので、つらくても、分析します。

 

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「日記を書く」=「今日の実験結果を記録する」

どうもこんにちは、

最近のマイブームは部屋を暗くしてキャンドルを焚くこと。

引きこもり♀です!

 

今日は、友人に、

「日記、普段書かないの?」

と言われ、なぜかその言葉がじわじわ響いてきているので、

今回は、「日記を書く意義」について考えていきます。

 

わたしは、大学1年生のときまで結構真剣に日記を書いていました。

ということを昨日思い出しました。そして、読んでいて、びっくりしました。

それを晒したいと思います。自分でも読み返しやすいように。

 

2016.9.26(月)

本を最近読んでいない。

思うところがあると何にも集中できなくなってしまうのは、確かに悪い癖だ。

そう思い、ようやく色々まとまってきたし、(日記を)書き出そうと思った次第である。

 

まず1つに。私は真面目すぎる。

自分を責めすぎる。

そんな自分につかれてしまう私がいる。

最初は、

「うわぁ、いいなぁ~!私もやりたい!」

のはずなのに、いつの間にか、

「彼のようになるために、極めるために、私はやらなくてははならない!」

と、義務にしてしまう。いつだって。

私は、というか人は、義務(must)を好まない。

そうしてすぐに嫌になってしまう。楽しくなくなってしまう。やり遂げる前に辞めてしまう。

 

これが私の飽き性の正体だと考える。

自分を縛りすぎるが故に、自分の成長を妨げている。

結果、また何も成し遂げられない。

その繰り返しをしてしまっていたのだと、ーーさん(バイト先の社員さん)と話して考えがまとまった。

 

「さぼりたいときはさぼったほうがいいよ。」

どうしてかはわからないけど、すごく響いた。

もう、「ーーしなきゃ」とか、「ーーすべき」とか、自分を縛り付けて、「また何もできないのね、私」って責めるのは終わりにしたい。終わりにしたい。

 

次に、やはり、1人暮らしをしたい。

したいと思うものは、するべき(義務じゃなくて”自然”の意味)ことなんだ。って誰かも言ってた。わたしもそう思う。

したいと思った瞬間にやったほうがいい。

そんでまた、自分の型がどんななのか、わかっていくから。

やりたいと思う。

 

どうして私はこんなに自らを縛っていたんだろう。

「わたしにはできない」とか、「わたしには似合わない」とか、そんなの気にすることではないのね。

わたしは無償の愛がどうとか言っていたけど、自己肯定から始めよう。自分を認めよう。

「こんな自分も悪くないよな」って、またそう思えるところからやっていこう。

 

私はいま、こんなに自由だと、知った。

今まで知らなかった。こんなに自由。縛るものは何もない。

本当に世の中、知らないことだらけ。

やりたいことを、やっていこう。縛るのはよそう。

似合わないとかニガテとか。考えるからできなくなってしまう。

やりたいなら、やるだけだ。

それだけだ。

 

19歳 わたし

 

 

 

これを読んで、びっくりした。

私の考えは2年前から全く変わっていないのに、

目を見張るような成長していなかったから。

 

同じ考えを持っていて、

成長しないならその考えはわたしに適していない。

学びが足りていない。

 

考え方を更新するために、

ちゃんと成長しているということを把握するために、

そして、同じ考えをめぐらすことを減らすために

日記は書くものなのだと、やっと気付いた。

 

 

日記のメリットは、3つある。

1.いまの自分の考えがまとまること

2.自分を客観的に見ることができること

3.将来読み返した時に、成長が感じられること

 

 

これから、日記を本当に、書いていこうと思う。

このブログは、アフィリエイトのためでも、誰かのためでもなく、

私自身のために書いていこう。そう思った。

 

 

2年前とおんなじ悩みを抱えているなんて、つまらないよ。

おんなじ行動をしているなんて、つまらないよ。

そう危機感を抱いたので、

ここから先は、私のために、過去の日記の引用していく。

 

2016.10.8 (土) 1:00

初ドライブ&振袖選び ☂/☀

 

初ドライブ(自/運転)で、ーー目指して出発したけど、まじで酔っぱらいのいうことは聞くもんじゃないね…。

ほんとよく事故らなかったなって感じ。めちゃくちゃハラハラした。

 

でもすごい楽しかった。今度は温泉行きたいなー!

 

ーーー

幼馴染に、

「私、2年間も(国家資格)勉強できる気がしないよー。ガチ悩みしてる。」

と相談したところ、

「追いつめすぎなのよ」

って言われた。本当コレ。まさにそう。私の悪い癖だな――。

過大評価しちゃうんだよね、何でも。

「直したほうがいいかもね、わりとそういうのウツになりやすいから」

っていうアドバイスも頂きました。

目が覚めたって感じ。特別扱いしすぎだったな、確かに。

 

幼馴染のこういう、気の抜けた(リラックスした)考え方、ありがたい。

あーーツレェーーと思ったら、幼馴染に相談することにする。

そして、外山さん。本まじで読みやすいし参考になる。

リラックスした状態が1番学びに適している、とさ!気をつけよ。

ーーー

なんか、もちろん、国家資格をとるためのスケジュールとか、気になるけどでも幼馴染の言う通り、特別扱いするもんじゃないと思うんだよね。

特別視して自分から遠ざけたがるのは、私の悪い癖だ。

 

実情がよくわからなくて混乱した場合は、

分けて征服しろって偉い人も言ってた。

 

あー。夢をかなえるゾウ、読みたいなあ。

 

2016.10.10(月) 体育の日 ☁ 涼しい 寒いくらい

行けない時は行かないほうがいい。

 

明日からついに、勉強再開。

国家試験講座について、思いを馳せる。

「え?国家試験?数年勉強すればなれるんでしょ?」

くらいのノリがいいもんだ、うむ。

特別感を出さない。リラックス。

ふつうの勉強と何ら変わらない。

ーーー

私はいつだって見栄張りだ。

自分を強く見せたくて、弱いところなんて1つもないようにふるまう。

そのためならファッションだって勉強する。相手の判断にとって見た目は大切だから。

好きではない。めんどくさいとはおもうけど、勉強する。

 

そのためならお金があるふりだってする。

値段の高さを気にしないようにふるまってさえする。

 

いつだって何でもできるふりをする。

私はそれに苦しんでいる。

見栄を張らずに生きていきたい。

そう思うから、都会から離れたいのだろう。

都会は人が多すぎる。誇りがありすぎる。見栄を張らなくてはどう判断されるかわかったもんじゃない。

 

私は疲れてしまう。

どうあがいたってどうしたって見栄を張るから。

したくもないけど髪を巻いて、化粧をして。着たくもない服を着て、聞きたくもない話を聞く。

そんなのにはもう、疲れてしまった。

ーーー

見栄を張らなくてもいいか、そうでないか。

それで付き合う人を決めてきたようだ。

 

――やーーは無理。お互い見栄張りで疲れてしまう。

ーーやーーは良い。見栄を張らないでも受け入れてくれるから。

 

面白いことだなあ。だからーーは楽だったんだなあ。

見栄なんて張ってんなよって態度だったから。

 

そうと分かったらすっきりした。

モヤモヤが晴れた。

 

10.12(水) ☀ 過ごしやすい

DINNER WITH STUDENTS

 

久しぶりに寝た!という気分を味わった休日。

しかし、19時から研究室の人たちとディナー。

正直めちゃくちゃ逃げたくなった。

いつだってそう、私は逃げたくなってしまう。

でも逃げないほうがいい方向へ行ける。

それを今回味わえた。

 

ーーさんのいうことってすごく参考になる。

本当に心から思って言ってくれてるのが感じられる。

やっぱり仲間って大事なんだなあとか、勉強も素直が一番伸びるんだなあとか。

謙虚な姿勢、すごく素敵だと思う。

ということで、ごちそうさまです!おいしかったぁ。

カニの食べ方もわかったし。うんうん。

 

10.14(金)  ☀ さむい

 

意外に姉が細くてショックを受けた。やばめ。

おそらく、歩く時間と姿勢を変えたら、私もだいぶ変わるはず。

今日のランニングはいい感じだった!と思う。

やっぱり、楽しい。体を動かすのは大事だって師も仰っているし。

週に二回はランニングしたいねー。筋肉欲しい。

 

やっぱ食べすぎは、日常の不満足から来ていると思う。

日常を満たしていこう。

 

10.17(月)  ☂  昨日の日記のつもり

 

 昨日どうしても日記書きたかったのに眠すぎて寝てしまったので今(授業中)書く所存。

というかあんなに寝たのに寝坊ってどういうことだろ。ねんむ。3回も休んでしまったので、これからは出ないと単位がやばい。

あ、ドイツ語単語テストだ―。かなりやばめ。レポートやらな。

ーーー

昨日夢でーーさん(バイトの社員さん)に、告白される夢を見た。

正直めちゃくちゃうれしかったし、リアルだったと思う。

あーー。現実だったらナーーー。

 

恐らく彼は、誰にでも心を許しがちなんだろう…。

モテてきたんだろうなあ。(今日の)最初、意識しすぎて働いてる感がなくなっちゃって、集中できてなかった。反省。

 

バイトは、働いてお金のために行ってるし、

大学は、単位、成績のために行ってるはず。

それを忘れないこと!!ねむい!!

集中力が何より大切。

でもさ、帰りますねっていって「やだ」って言われたら皆キュンとくるわ。いうて相手は妹くらいにしか思ってないんだろう…。ひしひしと感じるよ…。

私もお母さんみたいにアプローチ下手なんかなあ。はあ~~タイプだなあ~~本当。

 

ーーさんと昨日結構話した!

ていうか、みんな、人の話覚えてるなー。

私は話したこと忘れてるから、ビックリする。

相手の話も忘れるし。興味なさすぎね。

バイトの先輩からその人に似てるって言われてたから、その人にーーさんに似てるって言われてもしっくりこなかった。

でもたぶん褒めてくれたんだと思う~。

いつもニコニコしてるからーだって。私、がんばってんだなあ、バイト中。

おかげでヘロヘロだったよ。もう2度とぎっくりにはならん。

そのためにストレッチがんばる。姿勢よく生きていこう。

ーーー

あー。早く運転したいなあー。どっかに行きたい。

ていうか私は、「ここではないどこかに行きたい」欲が大きい。

いつも思ってる。

 

10.19(木) ☀ 過ごしやすいがあつめ

 FREEDAY

 

久しぶりのフリーデイだった気がする。

ただひたすらにやりたいことをやるというのも難しいものだ。

私は、自分が何をやりたいのかに頭を悩ませることが多い。

考えすぎなのだ、やはり。

私が思い描いているほど何かに挑戦するのは難しいことではないだろう。

 

私は自然が好きだ。休日には、

自然のある、あふれるところに行こう。

美術館でもいい。博物館でもいい。

宮崎駿巡りでも良いのだ。

まずは好きなことをしなければ。

極めなければ、次のステップを踏むことができない。

 

いつだって妄想をして、いつも同じ願望を描くのには、まだ早すぎる。

(願望を描くだけで行動しないというのを常にしてしまうにはまだ老いてなさすぎる、って意味だと思われる)

願望をかなえて行こう。

そのための時間だ、今は。

センスを磨きたい。

やりたいならやろう。

その先に進むために。

 

また極めようとか言ってる。

矛盾。

 

10.20(木) ☀ あついくらい。

ーーさん 13:02に亡くなりました。

 

口が開いていた。

目がクリクリでかわいい。寝癖あったね。

86歳、来月誕生日。明日火葬。

 

かわいい顔だった。すごく穏やかな顔してた。触ってはいない。失礼かな、と思って。

その時は実感ないもんだなあ。

今になって、落ち着いて、ようやく喪失感。 

「死」は遠い。

生と死が遠い。

それを初めて感じた日だった。

遠い。

この言葉に尽きる。

 

死ぬっていうのは、「物体になる」ってことなのかな。

全く、みじんも動かない。

それだけで、モノになってしまう。

生きているっていうのは、動いているってことだ。

 

人形のようだった。

今、ネタ晴らしとして、「さっきのは人形だったんです」と言われても全く疑わない。

本当に、人形だった。

全く動かず、寝返りもせず。

細胞も呼吸を忘れて、ただ、目をつむっている。

本当に本人なのは分かる。面影もあるし。だけど、

わかるけど、実感はない。

置いていかれる。遠い。届かない。

「つれていってよ」の気持ちがよくわかる。

 

ぽっかり、あくもんだなあ、胸に。

そんなに話をしたわけでも、特に思い出があるわけでもないけど。

 

怖い。

もしこれがお母さんだったら?幼馴染だったら?

私はどうなってしまうんだろう。

恐ろしい。想像さえしたくない。そんな日は来ないでほしい。

一生。

あんなに遠い人になってしまわないで。

動いてほしい。

いつものあたたかい手でにぎってほしい。

嫌だ。死なないで。怖い。

 

今日、寝れるだろうか。

 

10.22(土) ☁ 肌寒い

色々考える。

 

私の父は、最低の部類の男だと思う。

・責任のある事柄すべてから逃げる 

・人の愛し方を知らない ←そうでもないか…

・素直に表現できない

・プライドが高い(無自覚) ←努力家というわけでもない

・配慮すらできない、デリカシーがない

 

人を見下すことで、

「自分はマシだ」と思い込んで生きてきたタイプだ。

それはそれで幸せだろう。

母に依存している。

母を見下し、生きているから。

母は優しいから、見捨てることはできないだろう。

最低な人間だ。もう好きになれない。

母は素晴らしく情に厚い人だ。

私の尊敬する人だ。いとしい人だ。

私は母を助けたい。

 

責任感のない人は切り捨てていこう。

父のような人とは絶対に結ばれないようにしよう。

自ら進んで責任をとる人と結婚しよう。

でないと、母の二の舞になってしまう。

優しく、私の意見に従う人。

おそらくその場は楽だろう。

しかし、絶対については行かない。

一生を共にしてはならない。

責任をとれる人。そんな人を探そう。

 

愛するとは、愛する人の大切なものを大切にするということだ。

 

10.28(金) ☁/☂

About Oki Sato 佐藤オオキ

 

松井さんについて調べてたら出てきた人。

どうやら世界的デザイナーだったらしい。

お話も聞き役もうまい。

 

・こだわりがないのがこだわりらしい。 

ルーチンワークをこなしていると、日々の微細な変化に気付ける、とか。何でもいいんだと。

だから柔軟性がこんなにあるんだなぁ。

 

・彼はいつでもリラックスを大事にしているのだと思われる。

脳も筋肉と一緒で、休みが必要。

外山滋比古さんが言ってたけど、リラックスがあるからいい仕事ができるのだと仰っていた。

やはりリラックスは大切!!←結論

 

・弱者戦略

「自分は凡人だ。じゃあ、どうしたら戦っていけるだろう?」

自分を客観視している。

 

・スピード感も大事

集中力の問題なのかな?と思った。

 

・彼は仕事を楽しんでいる。

 

・オンオフの切り替えをハッキリ行っている。

offのときは減速で動く、とか。

 

考えるのを、文字だけじゃなくて、形(図)にして考えたほうがわかりやすくなる。

私も図を使おう。

 

私の良くないところは、

・1つのものに固執してしまうところ

・リラックス方法を知らないこと

・いろいろ手を出してもモノにできないこと

・オンオフの切り替えが下手なところ

 

わたしも楽しめる仕事がしたい!!

 

趣味を減らしていこう。

っていうと変だけど、持っている本も減らしていこう。

好きなものだけ手元にあればいい。

プライド張って興味ないところに手を出す必要はないのよ、おそらくね。

 

☆自分の弱点を知っている人は強い。

➡自分のコントロール法を知っている!

 

どうやって凡人な自分がその業界と戦っていくか。

考え続けろ。

 

弱者戦略がすごい参考になりすぎる。

常にその思考をもっていよう。

「わたしは凡人だ。では、どう戦っていくか?」

 

11.7(月) ☀ 風冷たい さむい

土日バイトだった。5時間でも疲れるもんだなあ。

 

土曜日はーーさんにチョコバーをいただいて、

日曜日はーーさんに、

「ーー(私)って怒ることあるの?泣いたりする??」

って聞かれた。うーん、結構ビックリ。

ーーさんからの印象といい、バイト先での私ってかなりイイヤツなんじゃないか?

とかって、私的にはバイト先の人がみんないい人って感じなんだけど。

やっぱ、居酒屋で働いて良かったなー。

あの時の経験がなかったら、今の私はないと思う。

嫌なことばっかでずっと辞めたいって思ってたけど、あの職場はまじめに最低だった。

店長はゴミだし客もゴミだしただひたすらにゴミだった…。

あれと比べたら、今の店長責任感あるしやさしーしバイトの人もみんな助け合いって感じだし。みんな好きだー。

辞めたくないわけではない。けど、バイトしながらできる余裕もない。

でも、働くってなんなのか、学べた。

 

・WORKに必要なこと

 お金<誇り

 厳格で合理的な(納得できる)ルール

 協力し合うこと(コミュニケーション)

 

・私が求めるもの

 やっててよかったと思える仕事

 興味を持てる仕事

 !がある仕事

 客・従業員ともに満たされる仕事

ーーー

「蛙の子は蛙」

というのは、蛙(子)が蛙(親)のことを疑うことを知らないがために起こることなのではないか?

 

「親は唯一信じられる存在で、いつも正しく私を導いてくれる」

と幼少のころから思い込み、また、親自身も、

「自分の考え(計画)を子が実行してくれれば正しい道へ進んでゆける」

と思い込んでいる。

お互い悪意無しに「蛙の子は蛙」ループにはまっているのでは?

 

例.

「女は当てにならない」by父

➡そうだ、たしかにクラスの女の子はあてにならない。

➡父の助言は正しい。つまり、父の言うことはすべて正しいんだ。

 

具体例、すごい適当に考えたなあ、私。

 

11.21(月) ☁→☂

 

お久しぶりの日記。

改めて自分って完璧主義者なんだなあと思い知る。

だから人と比べなくていい、1人でできるものが好きなのかもしれない。

 

対人のときはなんだかんだで肩の力抜けないし、疲れてしまう。

「隙」 があるほうが人に好かれるのに、私ってほんとうに不器用だ。思い知る。うん。

すぐ苦しくなってしまう。

やめようぜ、PERFECT HUMAN。

常に100%出す必要はないのよ。

いやだね、極端って。

 

☆俯瞰的に観察する(たぶん、自分を)

☆ハンデだと思う(自分がだめだなあと思うところを)

☆自分を褒める

 

12.11(日) ☀ GOOD DAY

  

私は本当に1か0かしかないんだなぁと思う。

それでいて1になれるのは、本気出して届くか届かないかくらいのやつ。

 

頑張っているように見えるのかもしれないけど、人って楽しくなきゃ長い時間そのことに対して向き合えないもんだと思う。

つまり、趣味なのよ。

楽しくてやってるわけ。

だから、「がんばってるね」って言葉は必要ないの。

 

今日は楽しかった。とっても良い日だナ。

 

2017.1.1 ☀ 元旦。あけましておめでとう。

 

最高に苦労した日だった。

伯父さんは、みんなの言いたいことを理解しようとしていて、器も広くて、「頼れる大人」って感じだ。

それで気付いた。

ウチには、「頼れる大人がいない」ってことに。 

 

父は酒を飲んで理想郷を叫んで暴れる。

母はコミュ障というか、人のかかわりができない。

その両親から育った姉は、いやなことは過ぎ去るのを待つだけ、文句を言うだけで解決は誰かがしてくれると思ってる。

私は独りよがりで人を信頼することもできず、問題を解決しようと試みても誰も助けれてくれるわけではない、人望がないやつ。信頼がないやつ。

 

誰一人信じられない。自分も自分で正しいのか信じられない。

問題だらけだ、こんな家。

 

「人に何かを伝える」んじゃなくて、「人が何を伝えたいか」受け止める心構えが大事なんだ。

でもその伝えたいものを受け入れるためには突っ込んで話を聞かなきゃならないんだって。

伯父さん曰はく、

「イマジネーションとクリエーションが大切」

想像しながら聞くのよ、話をね。

でも創造力も捨てがたい、想像だけじゃ足らん、と。

ありがたいお言葉だ。

酒におぼれる父は、プライドだけは高い人。

伯父さん言ってたよ。

「対等だと思わないとダメだ」

上からでも下からでもダメなんだよ。

わたしたちは、等身大の自分を見てほしいの。

それを過大評価されても過小評価されてもうれしくないんだ。

相手を尊重することは大事だが、自分が尊大だと思ってしまったらお終いだ。

 

私の周りには教師も反面教師も腐るほどいる。

ありがたいことだよ。

私はこの環境で生きてきたから、

「人にどうやって自分のことを伝えよう」

「どうやったら伝わるだろう」

それを必死に考えてきた。

それは今日、間違いじゃなかったんだと思えて、報われた気がした。

おそらく伯父さんはそういう気持ちが強かったのかなと思う。

わたしと考え方近いのかなって。

ーーー

人にモノを伝えたいときは

・その人が何を伝えたいのか理解(想像)する

・対等だと考える

まず聞くこと。

聞かないと、こっちに意識が向かないから。

そこで、理解しようとこころがける。

ーーー

親がどれだけ未熟か、気付くいいきっかけだった。

未熟だから、成熟しようとしている我々を恐れている。

成熟されたら、立つ瀬がないから。

だから、「お前は未熟だ」と怒鳴るだろう。

しかし気にする必要はない。

中途半端な未熟者を信用して、重圧を感じる必要はないのだ。

 

私は今日気付いたのだ。教えてくれたのだ、周りが。

私はもう自分の行動に対して自分で責任をとれるのだ、と。

全ては自分の責任だ。

私が幸せになろうが不幸せになろうが

お金持ちになろうが勉強しようが海外行こうが

失敗しようが成功しようが、

全ては私に責任がある。

誰のせいでもなく。嬉しいことだ。

私は自らで自らの行動に対して責任を負うことができる。

ずっとそうしたかった。だれのせいでもない。

全ての責任は自らにある。

 

その翌日、私は母に八つ当たりをしてしまったらしい。

未熟だね。

出生について文句を言っても、解決しようがない。

解決しようがないことに文句を持っていても、

成長はない。

受け止めて、あきらめて、「じゃあどうするの」?

その思考大事だな。

 

日記を読み返して思ったのは、

基本、「見栄張りすぎて疲れていた」自分がいたこと。

3回に1回は、「真面目な自分につかれる」って入ってた。

わらう。疲れすぎじゃん、わたし。

 

そこは、成長したと認めてもいいかもしれない。

不用意に見栄を張らなくなった。

なんたってニートだったんだもの。

どんな見栄があるのよ。笑っちゃうでしょ、そんなの。

 

そういう意味では、

わたしにとってニート経験はすごく意味のあるものだった。

ニートを経験したから、チャレンジもそこまで怖くなくなった。

「できない自分」に向き合うことができたんだと思う。

昔は、それに向き合うことができなかった。

自分の可能性を殺すのが怖くて、できないことを認められなかった。

 

今は、失敗もそんなに昔ほど怖くない。

あ、ここはできない分野なのかも、っていうのが分かるだけいいよね。

 

最後に、今日の日記。

 

2018.6.18(月) 1:04 

 カフェは研究対象。

 

☑️パソコン

☑️読書

☑️スクワット

☑️メールの返事

⬛️キクタ

 

今日は、大学の友人とたくさんお話しした。

っていうか最近、ガチで起業ありじゃん?って思ってから、

思うがままに高校とか中学の友人に連絡してる。

みんな、すごい。応援するね、って言ってくれる。

なんなら、アイディアを一緒に練ってくれる。

「ワクワクするね」とまで言ってくれる。

わたしは本当に友人に恵まれていると思う。

だいすき、みんな、ありがとう。

ーーー

自分について自分はあんまりわかってないと思ってる。

だから、友人に聞いた。

「私ってどんな人?」って。ちょっと気持ち悪いけど。

 

・一筋縄ではいかない

・自分の意見がある

➡ 人の助言を聞かない ➡ 自分で失敗して気付く派

・好き嫌い激しい

・心配性

・合理的かって言われたら合理的じゃない

・論理的?

・人より承認欲求が強い

・感性が変わってる

・目的達成の道を遠回りしてる

・人脈形成(ビジネス関係)は問題ない

 

そのうえで、

「自分の道を行け!!」って言われた。

すんごい響いた。あー、ほんと大好き。

もうね、効率的じゃないのはもう仕方ない。

あきらめよ。数うちゃ当たる戦法だよ。失敗していこう。

 

あと響いた、っていうかその通り、っていうのをもう1つ。

 

「あなたが起業したいっていうのは分かった。

すてきだと思うよ。でも、目的を達成するための手段は1つじゃなくて、

例えば、遠回りしたり、最短でいったりとか色々ある。

興味のある事業で働いて勉強して人脈を作って、

起業するのは最後でもいいんじゃないかな?」

 

この意見に対して、

「目的を達成するための手段は1つじゃない。」

ところは、すごく、ほんとにその通りだと思った。ほんとに。

 

わたしはいま、

「あなたの明日を応援したい」

っていうコンセプトの下アイディアを進めているのに、

具体的に事業内容を決めていく中で、無駄なこだわりがあった。

でも、それはほんとに無駄で、

「あなたはその事業を通して何を提供したいの?」

ってなったときに、その無駄なこだわりは、なんの意味もなくて、

逆に遠回りしていたんだよね。

 

っていうことに、その助言で気付けた。

わたしってまじで、1回これだって思うとそれ以外を否定しがち。

でも、もっと良いアイディアってほんとにあるから、

固執しないで考えてみよう。

それを提供することで、相手は何を得るのか。

結局相手に何を提供したいがために、それをするのか。

目的と手段を誤るな!!

 

 

 

 

と思ったらがぜんやる気が出てきて、今、

わたしの事業内容と全く同じことをしていて、

でも去年の今頃その事業をやめた人がいたから、

その人のお話を聞きたいと思っているところ。

あとはリサーチと一貫性かなと思う。

 

そうなってくると、なんだか、インターンとかも

人脈形成のために行けばいいかなって思えてきて、

ずっと避けてたけど、いい経験になるはずだから応募した。

いいぞ。今日はちゃんと行動できてるぞ。

それも全部、友人に感謝。ありがとう、ラブ。

 

今日は書きすぎて疲れた、眠い。

明日からやっとバイト。やったれ、わたし。

 

おやすみなさい。明日も良い1日にしよう。

 

 

勉強は「やらなきゃいけないもの」って思ってない?私が勉強を失敗した、たった1つの理由と、その対処法とは。

 

現在引きこもり親のすねかじりマンである私は、

英語をたくさん勉強したにもかかわらずなぜ英語取得ができなかったのか?

またどうしたらできたのか?

それについて分析してみました。

 

ちょうど今、大学受験/資格受験/英語の勉強をしているけど

「勉強が楽しくない」

「むしろ苦しい…」

そんな方に読んでもらい、自分に置き換えて考えてほしいと思っています。

 

 

 

ユニクロとか楽天の社内共通語って英語なんだって!」

「英語ができないとお先真っ暗だよ」

 

私は中学生のころ、そう親に言われ素直にこう思いました。

 

「全然英語分かんないよ、どうしよう?!」

「そうだ、外国語科の高校に行こう!」

 

無事受験に合格し、高校に通って、たくさんの英語の授業を受けて、

英語でプレゼンしたり、ディスカッションしたり、英語合宿や短期留学をしたり。

普通科の人より3倍くらいは英語に触れていたのではないかと思います。

 

英語ができるっていう定義が人によってさまざまだと思いますが、

私の中の英語ができるっていうのは、

”コミュニケ―ションが気持ちよくできること"

ジョークが言えるくらい意思疎通ができること”

高校3年間でそれができるようになったかって?

できてねーです!ごめんなさい!!

 

 

私は英語が好きとか海外が好きとかそういった理由じゃなく、

「英語ができないと生きていけなくなる」

こういった理由で英語の勉強に取り組んでいました。

 

そして高校で英語を学びました。

 

外国語科にくる子って、基本みんな海外ドラマとか好きで、

なんとなーく海外にあこがれてて、日本から出ていきたい的な、

そういう子が多いんです。外国の人とたくさん話したいよーっていう人が。

そんな中で私は、海外ドラマに興味ないし海外にあこがれてもいないし

日本で生きていく気満々だった。

「英語話せなくて生きていけるならそれがいい。」

そういう人でした。

相手が外国の方で、日本語がそこそこ話せるなら日本語で話したい。

ALTの先生にも、よく日本語で質問して「?」って顔されました。

 

 

高校での成績は比較的よかったほうだとは思います。

成績は、準備ができていればとれるものだから。

でもわたしが思う英語って、準備なしにはじまるものなんですよね。

じゃないとコミュニケーションとして気持ち悪くないですか?

 

「あなたの趣味はなんですか?」

「ゲームです。」

「あー、休日はなにしてますか?」

「ゲームです。」

(ゲームしかしてないんですね、ってどう言うんだろう...…わかんないや)

「えーと、Game is amazing...haha」

 

いやなんかこう、違うじゃん。

コミュニケーションって、

相手の反応に反射でかえしていくものだから面白いんじゃん。

なんだこれ、全然できないじゃん。会話ってもっと楽しいものじゃん。

っていうモヤモヤがたまっていきました。

 

私自身完璧主義なきらいがあるので、

恥をかくことが怖かったっていうのもあります。

発音が悪いと笑われるんじゃないかとか、

文法が違うかもしれないから発言したくないとか。

また、がんばって伝えようとしても、伝わらないのがかなしかったり。

学問的な英語に集中しすぎて、

コミュニケーションとしての英語に集中できなかった。

 

一方で、高校の友人は、外国の方と楽しそうに話している。

私は、外国の方と英語で話すのが苦しいのに。

そういう劣等感も感じていました。

彼女は思ったことをその場で言えるのに、どうして私はできないの?

どうして私は、相手(英語話者)が言ったことを即座に理解できないの?

そう感じていくようになりました。

 

 

そして、英語がどんどん嫌になってきたとき、

あることに気付いてしまいました。

「英語ができなくても余裕で生きていける・・・」

ということに。

 

とにかく、英語から逃げたかった。

私が英語ができないのは、高校から始めたからだ。遅かったんだ。

私もちいさいころから英会話やっていればできたんだ。

そういう言い訳をたくさん積み重ねて、英語から逃げました。

 

もちろんこれらの言い訳は、じぶんに都合よく解釈し、作り上げた嘘です。

それまで特別な環境にいたわけではないけど、高校からまじめに英語を学習して、

楽しくコミュニケーションをとれるようになった子もいましたから。

 

 

それからは、英語への意欲が下がる一方。

大学は英語からかけ離れた学部を受けました。

今も英語の勉強はしていません。

 

 

なぜ私は英語ができなかったのか?

 

私はこれにやっと気付きました。気付くまで3年もかかりました。

気付くまでにDMM会話をしてみたり単位を落としたりニートになったりしました。

 

私が英語をできなかった理由は、始めるのが遅かったわけでも、

勉強方法が間違えていたわけでもありません。

英語学習の最高の環境にいたとおもいます。

なぜ私は英語を習得できなかったのか。

 

「英語ができないと生きていけない」

そういった強いプレッシャーがなくなったからです。

そして、「英語ができなくても生きていける」とはつまり、

わたしが英語を勉強する上での主要な目的が消えたことを意味しています。

 

私は昔から自分にプレッシャーをかけて、短期集中型で結果を出してきました。

せっかちなわたしにとっては、

結果を出すにあたって費やす時間は短ければ短いほど気持ちのいいものです。

学校のテストではそれで十分でした。

英語検定のときにもそれで十分だった。

しかし、みなさんお分かりのように、それが必ずしも成功するとは限りません。

 

コツコツ毎日誠実にできるならそれが一番だと思います。

私もそれができる人間だと思っていました。

だから、受験や国家資格取得を目指す際にはそのように心掛けていた。

でも、わたしって、怠け者なんですね。

強いプレッシャーがないと動けないんです。

たとえば、締め切り。たとえば、成績評価。たとえば、お金という報酬。

「これをしないと後々大変ですよ」というプレッシャーが私の原動力だったんです。

 

しかし、

コツコツ毎日誠実に何かをするには、強いプレッシャーは邪魔になります。

プレッシャーは、ストレスと同義だから。

ストレスを抱えながら毎日同じことに取り組む日々は、地獄です。

 

英語学習のとき、受験勉強のとき、国家資格取得のとき。

最初は、「これをしないと後々大変ですよ」というプレッシャーが作用します。

もちろん熱心に取り組みます。後々大変なことになると思っていますから。

 

しかし、どちらも長期計画でした。

勉強以外する時間がないわけではありません。

「これをしないと後々大変」という根拠を探し出す自分がいました。

人間は、楽なほう楽なほうへと向かっていくものです。

「これしないと後々大変」であっても、「生きていけないわけではない」

そうと分かった瞬間、集中が解かれます。

「なぜこんなストレスを抱えながら、

生きていくのに必要なわけでもないことを続けなくてはならないのか?」

そう思ったら、そこで終わりです。

慢性的なストレスを抱えて生きていくことほどつらいものはありません。

慢性的なストレスは、複利で増えていくもんです。

 

そんな私がもし、また英語を学習しようとするなら。

”英語ができる”のハードルをものすごく下げて取り組み始めます。

 

ブログを書いていて今更気づきましたが、

「気持ちよくコミュニケーションができる」というのは、

日本人同士でも容易ではないこと。

「あれっ全然ノリ合わないな?」ということはざらにあります。

わたしの英語のハードルはものすごく高かった。

だから、「英語でアニメについて語れるようにする」とか。

なんなら「挨拶できる程度」でもいいかな。

とりあえず、できそうなことをできるようになってから、

「なんだよ、英語ってやればできるもんだな」という認識を植え付ける。

そして、「ちょっと楽しいじゃん」と興味を持たせる。

そうやって、勉強に対する”義務感”を、”興味”へ移行させていく。

英語を勉強する主要な目的を、「興味があるから」にする。

 

そのうえで、英語ができないと生きづらい環境に身をうつす。

というのも、どんなに興味があっても、

学びが日常に溶け込んでいないとアウトプットが継続しません。

自然にアウトプットできる。気づいたらアウトプットしていた。

そんな環境に身をうつします。

 

たとえば、リアルなところだと、ワーホリとかかなあ。

それか無一文で、シンガポールに1か月滞在してみるとか。

お金があると、英語を話さなくてもお金を渡せばどうにかなってしまう。

お金がないと、交渉せざるを得ない。

 

それが現実的に難しいっていうなら、

手帳に「DMM英会話 30m」って書いたり、

友人と一緒にパブリッシュバーに行く約束をしたりして、

自分にプレッシャーをかけること。

その際の注意点は、プレッシャーを次回に持ち込まないこと。

「DMM英会話 30m」がちゃんとできたら、記録して褒めること。

もしそれが達成できなくても、次に手帳に書くときに、

「DMM英会話 1h」にしないこと。

パブリッシュバーに行って、もし外国の人と友人になれなくても、

とりあえず行った自分をほめること。

反省はとってもいいことだけど、次回の目標を繰り上げたりしないこと。

そうして、学びを自分の習慣にしていくのがいいと思います。

 

 

 

いつも気持ちだけではじめようとするんです。

DMM英会話をはじめようと思った時もそうでした。

 

興味があることがらでの失敗って、ちょっとうれしかったりするじゃないですか。

その失敗を励みに、何倍にもがんばれたり。

でも、私のように義務感で勉強しようとする人は気を付けてほしいんですが、

義務感を原動力にする勉強で失敗すると、すごくへこむんですよね。

失敗をきっかけに、その事柄から逃げたくなるんです。

 

「なんでこんなことやんなきゃならないんだよ!」

「こんなの勉強しても意味ないよ!」

そう思ったら、もう何にも得られなくなります。

なぜなら、あなたの主要な目的がその勉強で達成できないことがわかってしまったから。

 

最近の偉い人はみんな、口を揃えて

「好きなことをしろ」

って言いますよね。

 

それはつまり、

学ぶ理由は「好きだから」にしろ

ってことだと思うんです。

 

何かを学ぶ目的が、「やらなきゃいけないから」というのは、

「やらなくても大丈夫」になったら学ぶのをやめてしまうというのを意味しています。

それで得られるのは付け焼き刃の知識に過ぎず、

「好きだから」学びを継続している人には到底かなわない。

そういった経験は、誰もがあるのではないでしょうか。

 

「好きだから」追求する。

「好き」に終わりってありますか?

そんなに早く「好き」って終わらないと思うんですね。

「終わらない」から追求しつづける。

それは、結果として継続していることに繋がります。

 

オタクなみなさんなら分かると思うんですが、

好きなマンガを読み続けるのって、難しいことがありましたか?

それと一緒だとおもうんです。

興味が先行していれば、継続は容易いんですね。

だから、興味が大事なんです

 

 

ということで、

わたしはなぜ英語習得に失敗したのかをまとめましょう。

 

まとめ

 

私が英語ができない理由は、

主要な目的が義務だったから。

強いプレッシャーを必要とする目的だったから。

 

もしそんなわたしが英語を学習するとするなら、

 

①まずは、英語に興味を持つこと。

   "義務感"ではなく"興味"で勉強すること。

 

②そのうえで、やらざるをえない環境に身をうつすこと。

 それが難しいなら、自分にプレッシャーをかけて英語を日常に取り込み、習慣化していくこと。

 

③プレッシャーを次回に持ち込まないこと。

   義務感を抱くことにつながることはしないこと。

 

 

なにかにつまづいたときは、これを見て計画を立て直しようっと。

 

以上!わたしが英語ができなかった理由でした。

もし参考になったらうれしいです☺️

 

ちゃんちゃん。